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15年間、人の負の感情ばかり見てきた私が、子どもの歌声で泣きそうになった話

元警察官パパが子どもの歌声に感動した理由を綴った旅のエッセイ(子連れ旅行研究所) 国内旅行

先日、家族でオーケストラのコンサートに行きました。日本フィルハーモニー交響楽団の「夏休みコンサート」。4歳と7歳の娘を連れて、1歳の三女は託児にあずけて。

その日、私は二度、感動しました。

一度目は、プロの演奏に。二度目は、客席の子どもたちの歌声に。

帰りの車の中で、妙な違和感が残りました。その二つの感動が、まったく同じ大きさだったのです。

音楽としての完成度で言えば、比べるまでもありません。片方は何十年も鍛え上げたプロの音。もう片方は、音程も揃わない子どもの歌。それなのに、私の中で起きたことの大きさは、まったく同じだった。

なぜだろう。その理由を考えているうちに、自分がこの15年間、どんな人間になっていたのかに行き当たりました。今日はその話を書かせてください。子連れ旅行のノウハウではありません。私自身の、少し個人的な話です。

15年間、私が触れ続けたもの

私は、警察官を15年間やっていました。

仕事の中身を細かく書くつもりはありません。ただ一つだけ言えるのは、あの仕事は「人が一番つらい場面」に立ち会い続ける仕事だったということです。

怒り。憎しみ。誰かを傷つけようとする意思。そして、その向こう側にいる人たちの、底の抜けたような悲しみ。世の中で最も見たくないものが集まってくる場所に、私は毎日出勤していました。

そして、家に帰っても気は抜けませんでした。いつ非常招集の電話が鳴るか分からない。だから常にどこかで身構えている。休みの日も、心の底から緩んだことがない。15年間、私は張り詰めたままでした。

そういう毎日を続けていると、どうなるか。

だんだん、自分の性格が荒んでいくのが分かりました。

これは比喩ではなく、自覚のある変化でした。人の言葉を素直に受け取れなくなる。何かを見ても、まず疑う。感情の振れ幅が小さくなり、何を見ても「そんなものか」と思う。心が硬くなっていく感じ、と言えばいいでしょうか。

負の感情に触れ続けると、人は鈍くなります。そうしないと、もたないからです。鈍くなることは、あの仕事を続けるための防具でした。でも防具は、外側からの衝撃と一緒に、内側から出てくるものも遮ってしまいます。

取りこぼした時間

もう一つ、その15年で失ったものがあります。

子どもたちと出かける時間です。

不規則な勤務、突然の呼び出し、常に張り詰めた状態。その中で、家族でどこかへ行く機会は驚くほど少なかった。「今度の休みに」と言いながら、その「今度」がなかなか来ない。

子どもは待ってくれません。4歳の娘は、来年には5歳になってしまう。あの年齢のあの子と出かけられるのは、その一年だけです。

夜、眠る前にふと考えることがありました。

——自分は、何のために働いているんだろう。

家族のために働いている。そのはずでした。でもその働き方が、家族と過ごす時間を削っている。しかも削られた時間は、二度と戻ってこない。

この「取り戻せない」という感覚が、ずっと胸の奥に残っていました。

そして、あの日のコンサート

警察官を辞め、家族で出かけられるようになった今年の夏。私たちは、子ども向けのオーケストラコンサートに行きました。

一度目の感動|積み上げられた時間が、音になっていた

演奏が始まって、まず驚いたのは音の揃い方でした。

何十人もの奏者が、それぞれ別の楽器を鳴らしているのに、一糸乱れず、一つの音の塊として飛んでくる。録音では絶対に分からない密度でした。

その音を聴きながら、私が感じていたのは「きれいだな」ではありませんでした。この音の裏側にある、途方もない時間の量です。一人ひとりが何十年も楽器に向き合い、その人たちが集まってさらに合わせ込んで、ようやくこの一瞬が鳴っている。

言葉にするなら、畏敬だったと思います。積み上げられたものへの、圧倒されるような敬意。

二度目の感動|「にじ」を、子どもたちが歌い出した

後半、司会の方が客席にこう呼びかけました。

「次の曲、みんなも一緒に歌おう」

曲は「にじ」。幼稚園や小学校でおなじみの、あの歌です。

前奏が始まると、客席の子どもたちが一斉に歌い出しました。音程は揃っていません。走る子もいれば、遅れる子もいる。でも、みんな全力でした。一生懸命に、まっすぐに歌っていた。

その瞬間、私は完全に不意を突かれました。

何が起きているのか、自分でもよく分からないまま、目の奥が熱くなっていました。隣を見ると、娘も一生懸命に歌っている。私はその横で、ただ黙っていました。

なぜ、二つの感動の量が同じだったのか

帰ってから、この違和感をずっと考えていました。そして、三つのことに思い当たりました。

① 私は、ゼロではなくマイナスから跳ね上がった

感動というのは、予測とのズレで決まるのだと思います。

プロの演奏は、もともと高い期待を持って聴きに行き、その期待をさらに超えてきました。高いところから、さらに上へ。

一方、子どもの合唱に期待などしていませんでした。いや、正確に言えば——私は自分自身に期待していなかった。

15年間、負の感情に触れ続けて鈍くなった私は、心のどこかで「自分はもう、こういうもので心を動かされる人間ではなくなった」と思っていたのです。防具を着すぎて、感じる力そのものを失ったのだと。

だからあれは、ゼロからの跳ね上がりではありませんでした。マイナスからの跳ね上がりだった。「まだ自分の中に、こんなふうに動く部分が残っていたのか」という驚きが、感動の大部分だったのだと思います。

② そもそも、別の種類の感情だった

二つの感動は、実は同じものではありませんでした。

  • プロの演奏=畏敬。積み上げられた過去の時間に、圧倒される感情。過去へ向かう感動
  • 子どもの歌声=慈しみ。まだ何者でもない存在が、全力で何かをやっている姿への感情。未来へ向かう感動

方向が真逆で、単位が違う。だから本来、比べることができません。両方が振り切れたから、「同じ大きさ」に感じられた——それだけのことだったのだと思います。

そして気づいたのです。荒んだと思っていた自分の中に、まだ残っていたのは後者だったということに。

③ 子どもの歌は、プロの音の上に乗っていた

これが一番大事な発見でした。

あの歌声は、単独で存在していたわけではありません。プロのオーケストラの伴奏の上に乗っていました。

もし同じ子どもたちが、体育館でアカペラで歌っていたら、私はあそこまで動かなかったと思います。完璧に磨き上げられた器の上に、不完全で純粋なものが乗る。その対比と融合そのものが、感動の正体でした。

二つは競合していたのではなく、片方がもう片方を成立させていたのです。

そして、「取り戻せない時間」と繋がった

もう一つ、決定的なことがあります。

プロの演奏は、また聴けます。明日も同じ品質で鳴るでしょうし、録音だって残っています。再現可能です。

でも、あの日の「にじ」は違います。あの日、あの会場に、たまたま居合わせた子どもたちにしか歌えない歌でした。記録も残りません。来年も同じ企画があるでしょう。でも、そのとき歌う子どもたちは、もう一つ年をとっています。来年の「にじ」は、別の歌です。

ここまで考えたとき、胸の奥にずっとあったあの感覚と、まっすぐに繋がりました。

私は15年かけて、取り戻せない時間を取りこぼしてきました。その後悔は、今も消えていません。

でも、あの客席で気づいたのです。

取りこぼした時間が戻らないのと同じように、今日この瞬間も、放っておけば同じように取りこぼしていく。

過去を悔やんでいる間にも、目の前で同じことが進行している。あの歌声は、それを教えてくれました。後悔は、過去にしか効きません。でも「一回性」は、今この瞬間にも効いている。

観客から、当事者になった瞬間

最後にもう一つ。

司会の方が「一緒に歌おう」と呼びかけたあの瞬間、舞台と客席の境界が消えました。私たちは「見ている人」から「その場をつくっている人」になった。

これが、私にはとりわけ大きかったのだと思います。

警察官という仕事は、人の人生を外側から見る仕事でした。誰かの人生の最も激しい場面に立ち会いながら、自分はあくまで職務として、その外側に立っている。感情移入しすぎれば仕事にならないので、そうやって線を引いていました。

15年間、私はずっと「観客」の側にいたのかもしれません。

だからあの日、客席で当事者になったとき——自分がその場の一部になったとき、思っていた以上に強く揺さぶられたのだと思います。

旅は、感情の発見装置だと思う

ここまで書いてきて、たどり着いた結論があります。

旅やおでかけの価値は、非日常でも、絶景でも、おいしいものでもない。少なくとも私にとっての一番の価値は、これまで考えたこともなかったことに気づき、感じたことのない感情に出会えることでした。

日常の中では、感情はだいたい予測の範囲に収まります。同じ場所、同じ人、同じ役割。予測どおりのことしか起きないなら、心は動きません。

旅は、その予測を強制的に外してくれます。だから、自分でも知らなかった自分の一部が顔を出す。

私はあの日、「自分はもう鈍くなった」と思い込んでいたのが間違いだったと知りました。15年ぶんの防具の下に、まだ動くものが残っていた。それを教えてくれたのが、音程の揃わない子どもたちの歌声だったというのが、なんとも言えません。

もし、あなたにも心当たりがあれば

旅先で、うまく言葉にできない気持ちになったことはありませんか。
「なんかよかったな」で流してしまいがちなあの感覚を、その日のうちに少しだけ掘り下げてみてください。

「なぜ、あれがよかったんだろう」
「自分は今、何に反応したんだろう」

それだけで、旅はもう一つ意味を持ちます。子どもに何かを与えるための旅ではなく、自分自身が何かを受け取る旅にもなる。
——親も、受け取っていいのだと思います。

だから私は、家族と旅に出る

取りこぼした15年は、戻ってきません。それは受け入れるしかない。

でも、これから先の時間も、同じ速さで過ぎていきます。7歳の娘と出かけられるのは今年だけで、来年には8歳になる。三女はまだ1歳で、私の腕の中にいますが、それもあとどれくらいでしょうか。

だから私は、家族を連れて出かけます。今度こそ取りこぼさないために。そして正直に言えば、荒んでしまった自分をもう一度作り直すためにでもあります。

このブログには、持ち物リストや安全対策の記事がたくさんあります。そういう実用的な情報を書きながら、その根っこにあるのは、たぶんこの気持ちです。

取り戻せない時間の中に、家族と一緒にいてほしい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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✍️ この記事の執筆・監修

ぽんきち(夫)|元警察官15年・米国大学卒(経営学)・英検1級。旅の安全・防犯・危機管理を担当(本記事は交番勤務・職務質問の経験にもとづきます)。

マリン(妻)|元添乗員(国内旅程管理主任者)・正看護師。旅程づくりと子どもの健康・救急を担当。

3姉妹(7歳・4歳・1歳)を育てる5人家族です。「失敗しない子連れ旅行」を、実体験と専門知識で正直に発信しています。→ 運営者プロフィールお問い合わせ

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